目覚めれば川のほとり

葉山でゆったりまったりライフ

1日8時間労働はあたりまえじゃない

学校ってみなさんすきでしたか?

わたしはね、あんまりすきじゃなかったです。

いじめられてたわけでもないし、成績もわるくなかったから先生にもそこそこ可愛がられてたし、行けばともだちにも会えるからそれなりにたのしんではいたと思いますけど。

学級委員とか合唱コンクールの指揮なんかもやったりしてね。勉強もきらいじゃなかったですよ。すきな科目とそうでない科目の差が極端でしたけど。科目というより担当の先生か。

いずれにしても学校はすきじゃなかったなあ。行きたくないときはほんと行きたくなかった。

いま思うと、こどもながらに不自由さを感じていたんでしょうね。時間もやることも決められて、それに従わなければいけないということに。

 

義務教育は、『「1日8時間労働」を国民に叩き込むための教育』だなんてことを、どこかで聞きましたね。

 

かつて労働者はもっと過酷な労働時間を強いられて、「1日8時間労働」は労働者の健康と人間としての尊厳を守るため、闘いの末に勝取った権利であるという意見もあるかもしれません。

ちなみに日本で法律として制定されたのは、1947年施行の労働基準法のようです。

終戦後のGHQ占領期ですね。

 

いまの時代に生きている一個人のわたしは思います。

 

1日8時間労働はあたりまえじゃない。

だれでもすきなときに、すきなだけ働けばいい。

心からやりたいことを、情熱の赴くままに、自分の意思で、思うぞんぶんやればいい。

 

すきなときに、すきなことを、すきなだけやる。

それでだれもが豊かに暮せる。

 

ひとにはそれぞれ特性や得意なことがあって、それはひとりひとりちがうと思うんですよ。

ひとりひとりちがうから、ほかのひとと比べることもないし、みんながいちばんなんです。

だれでも自分の得意なこと、すきなことをしてると、たのしいじゃないですか。

そんな得意なこと、すきなこと、心からたのしめることをして、だれでも生活できる。

仕事はお金を稼ぐための行為じゃなく、たのしくてたまらないから、心が衝き動かされるからやるんです。

 

わたしはそう生きると決めて、すごく楽に、自由になりました。

でも、それまでもすべては自分の選択だったわけだし、だれでも自由なんですけどね。生まれてからずっと。

 

あなたが心からたのしめることは、なんですか?

 

 

 

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そういえば上記のようなひとりひとりの特性を活かした暮し、江戸時代にはあったみたいですよ。

町民はみんないろんなことを商売にしていた。たとえば食器だけでも器専門店があったり箸専門店があったり、もっといえば扇子の部品ごとに店がちがっていたり。

棲み分けがきちんとできているからほかの店と客を取り合うこともない。絵を描いたり歌を歌ったりするのも、生活を豊かにするためのものでそこにもお金は生まれた。

みんなに専門分野があり、それで生活が成立っていた。

そんなことがこの本に書かれてありました。

 

 厚くてまだ読み切れてないんですけど、おもしろいです。

幕末から明治にかけて、日本を訪れた外国人たちが記した日本、日本人の姿。

彼らが遺した数多の文献から見えてくる、失われたかつての美しい文明とはどんなものだったのか。

そこにあるのはいまこそ思い起したい、日本の心なのかもしれません。