目覚めれば川のほとり

葉山でゆったりまったりライフ

だれもあなたを罰したりしない

ツイてないなあと思うことがあると

なんだか罰されてるきもちになることってありませんか?

 

それまでなんの意識もしなかったのに、途端に

「あのときあのひとに向けたあの態度はよくなかったかも」

とか、

「もっと優しいいい方があったんじゃないか」

とか、

ひとに対するじぶんの接し方や在り方を急に反省しだしたりする。

だからこんなツイてないことが起こるんだなんて考えたりする。

 

わたしはね、あるんですけっこう。

むかしに比べたらだいぶ減りましたけどね。

 

たとえば今日、仕事帰りにスーパーに寄ったんです。

いま姪と甥が遊びに来ていて、今日は姪が母といっしょに迎えに来てくれたので買いものも姪がいっしょでした。(ちなみに甥は『はなかっぱ』が観たかったらしくお留守番。はなかっぱに負けました)

姪は8歳。3つ歳下の甥のおかげですっかりお姉ちゃんですが、まだまだやんちゃなこどもです。

そのスーパーでは、金曜日に1500円以上買いものをするとガチャガチャが回せるんです。当たった賞によってそれぞれ景品がもらえます。

店内に入りさっそくガチャガチャを発見した姪。「やりたい!」当然そうなります。

「1500円以上」というのを忘れていたので、そのガチャガチャのそばで待機していた店員さんに「いくら以上でできるんでしたっけ」と訊いたわたし。

「1500円以上です」といわれたので、「1500円以上ですね」とその場を離れたわたし。「1500円以上でガチャガチャ回せるって」と母と姪に伝えたわたし。

じつは今日はそんなに買うものなかったんですよ。必要な食材を買っても1500円に届かない。

でもガチャガチャやりたいじゃないですか。

週に一度だし。姪もやりたいっていってるし。(でもじぶんがやりたかったんだなまず

けっきょく足りなくなってたサランラップとかティッシュとかもろもろ足して、ついでにとあれこれ追加したら3000円くらいになりました。

意気揚々とレジでお金を払って、ふつうにカゴを渡されて、あれ。

いつもはガチャガチャやるためのコインをそこでもらうんだけど、もらえない。レジのひとに訊くと

「今日は終わりました」

 

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ガチャガチャができないと知りがっかりする姪。嘆息する母。

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ってなったわけです。

 

ついさっきやん。ついさっきやん訊いたん「いくら以上ですか」って。ゆってくれたらええやんそんときに。「もうすぐ引上げますよ」って。なんで?なんでそこまで気がまわらへんの。サービス業ナメてんのか。なんも考えんで突っ立ってるだけならだれでもできんねん。

ってなるやん?(なんで関西弁)

もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

って思ったわけです。

ツイてなーい!って思ったわけです。

 

で、冒頭に戻る。

 

これはわたしの行いのせいだってなる。(ガチャガチャで・・・?)

 

でもちょっと待て、と思う。

 

因果応報、とか、カルマ、っていうのはたしかにあります。

じぶんがやったことはすべてじぶんに返ってくる。

いいこともわるいことも・・・ってつづけたくなるけど、待って。

 

「いいこと」も「わるいこと」もないんですよね。

 

すべてはひとつで、じぶんと分離されていると勘違いしているほかのひとも、じぶんとひとつであり、彼も彼女も、あなたもわたしも、同じ。

だれかに対して放つ思念や言葉は、じぶんに対して放つのと同じ。

ただそれだけのことであって、いいとかわるいとかそういう問題じゃない。

 

だれも罰したりしてないんです。

だれかがだれかを罰することなどできないし、それはもちろん宇宙や神であってもそう。

そもそも「罰」なんて存在しない。すべてはひとつで、すべては愛そのものだからです。

 

なんだか教訓めいてきましたか。でもそんなえらそうなことをいうつもりはぜんぜんなくて。

 

ああ、今日も生きてるなあ。

 

と思えてすごくうれしかったんです。

そうそう、こういうのを実感しにいまここにいるんだよ、って。

 

そう思ったら、こどもたちとお風呂に入るのも、ごはんを食べるのも、「ガチャガチャを回せなくて姪といっしょにがっかりした」という経験でさえ、色鮮やかにこの身体に刻まれた気がして。

いまこれを打ってるパソコンのキーボードの感触ひとつひとつも鮮烈に指先に残る。読んでくださる方との、繋がりを感じる。ここまで目を通してもらえるのが、ほんとうにうれしいし、ありがたいなあと思う。

 

こういうのを感じたくて、

 

わたしはわたしとして

生まれてきたんだなあ

ここにいるんだなあと

 

あらためて、思いました。

 

 

 

因果応報とかカルマとか、ほかにも報いとか、償いとか。

そう考えるとなんだか重いけど、そういうのもぜんぶひっくるめて

じぶんが体感したいことなんだと思えば、

じぶん=宇宙全体が味わいたいことなんだと思えば、

どんなに苦い経験も尊く、すばらしいと、感じられるんじゃないかなあと。

 

そんなことを思った蒸暑い夜。

となりの部屋から、こどもたちの安らかな寝息が聴こえてくるのでした。

もうすぐ帰っちゃうんだよなあ。さみしい。いまのうちにいっぱいキスしとこう。

 

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