目覚めれば川のほとり

葉山でゆったりまったりライフ

すきじゃないひとを見つめてみると

会社で新人の育成業務にあたっています。

最近は毎月のように新しいひとが入ってきて、しかも十数人単位なので全員にイチから仕事を教えるのはたいへんですが、やりがいもあります。

この業務に就いてから仕事がとても充実していて、こんなに大事な仕事を任せてもらえることがありがたいと思いつつ、反省する日も増えました。

 

毎回、十数人のなかに、どうしても苛立ちを覚えるひとがひとりふたりいます。

すきじゃない、と思ってしまう。

みんながんばってるんですよ。慣れない環境というだけでも精神的に負担がかかるのに、うちは業務量が多いし覚えなきゃいけないことがやまほどある。

まいってしまわないようにできるだけリラックスする時間を設けたりもしてますが、それでもやっぱりたいへんです。しんどいなあとか、きついなあって、感じることも多いと思います。

そんな彼らをわたしは牽引し支える立場なのに、「すきじゃない」って、自覚が足りないですよね。

 

でもそこで「こんなことじゃだめだ」とただ自分を責めてもなんの解決にもならないので、考えてみました。今回は。ちなみに考えるのをやめてみた記事はこちら

なにを考えたかというと、「なぜわたしはそのひとのことがすきじゃないんだろう」ということ。じぶんに対する相手のふだんの様子を思い返しながら、深く深く、じぶんのきもちを探ってみたんです。

すきじゃないと思うのは、彼らのいったいどんなところなのか。なぜそれに、苛立ちが生まれるのか。

すると、ああ、と思った。

 

要領をえない質問。つねに緊張した様子。失敗をひとのせいにすることで自尊心を保ちたいひと。

 

ぜんぶわたしのなかにあった。

 

ぜんぶ、じぶんのすきじゃないところ。認めたくないところ。

それをすべてなくさなければ、ひとに受容れられないと思っているところ。

それがあることで、ひとに愛されないと思っているところ。

 

じぶんで「だから愛されない」と思い込んでるから、そんな部分があることを認めたくないから、目のあたりにするのがいやだったんです。

すべては自己否定から生まれていた。自己否定=世界、宇宙、神の否定。

なるほど。

こりゃ疲れる。

どうりで最近、意識を失うように寝ていたわけだ。

 

じぶんが見ている、感じている世界は、じぶんの心の反映なんですよね。

周囲を見れば、じぶんが世界を、ひいてはじぶんをどう認識しているかがわかる。

すきじゃないひとを見つめてみると、じぶんでじぶんの認めていないところがわかる。

 

そう気づければ、すきじゃないと思っていた彼らのことも、認識の仕方が変ってきます。

そうなんです。以来、彼らのことが愛しくてたまらなくなった。彼らもじぶんと同じように、ただ懸命に彼らを生きてるだけだった。

そんな風に感じながら接するようになったからか、彼らにも笑顔が増えた気がします。みんな順調に成長している。ほんとうにがんばっている。

がんばる姿にこちらも刺激を受け、多くのことを学ばせてもらってるなあと、日々感謝するばかりです。

彼らにはきつい態度をとったこともあったかも。ごめんね。

そしてありがとう、このことに気づかせてくれて。

 

 

 

愛されるのに、条件なんていらない。

だれもが、つねに、宇宙に愛されている。

 

すべては最善だし、ありのままで完全なんですよね。

わたしもあなたも愛されている。どんなときも、どんな姿でも。

 

だから安心して、わたしたちは「じぶん」を生きればいい。

 


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