目覚めれば川のほとり

葉山でゆったりまったりライフ

「しなきゃ」をやめたら

こう考えなきゃ、とか、ああしなきゃ、こうしなきゃ、という

「しなきゃ」をやめたら、

 

ほんと楽。

 

 

 

「思考は現実化する」「引寄せの法則」がわたしのなかに知識として入ってきて、自分で実践、経験するなかで、これらは真実であると確信しました。

でもいつしか、知らぬ間に自分の感情を縛りつけていたかもしれません。

感じたこと、心から信じていることが現実になるから、できるだけ前向きでいようと思ったし、いいことを考えようと思った。

不満をもつのが恐かった。不安や恐れを抱くのが恐かった。

それらが具体化されて、目のまえに現れると思ったから。

いいことを考えなきゃ、いいことをしなきゃ。

自分の考えや行動は、ぜんぶ自分に返ってくるから。

 

「引寄せの法則」は、

いつしか本質から離れたところで、空回りしていました。

 

 

 

そもそも『ザ・シークレット』『ザ・パワー』でも、怒りや恐れに抵抗しないようにということが書かれてある。

抵抗すると余計にそこに意識が向くから、抵抗したりどこかへ追いやろうとするのではなく、それらを受容れたうえで望むこと、愛しているもののことを考えましょうと。

 

 

 

不満を認めたら、不満が消えた。

不安や恐れを認めたら、恐くなくなった。

 

やっと気づいた。

わたしの心は、わたしに認めてもらいたかったんだって。

どんな不満も不安も恐れも、苛立ちだって悲しみだって、ぜんぶ自分を形成する一部なんだって。

 

 

 

そういえば先日たまたまピクサーの『インサイド・ヘッド』を観たのですが(いまごろ、というひとも多いでしょうけどわたしにはいまがいいタイミングだったんですね)、まさにこれですよね。

ひとりの人間のなかにいろんな感情があって、みんなが手を取り合いその人間を生かしている。

ヨロコビがカナシミを受容れる終盤は、しばらく涙が溢れて止まりませんでした。

悲しみも必要な感情だった。怒りや苛立ちも、恐れも。

あたりまえのことなのに、忘れていた。

感情を置き去りにして、理屈に囚われていた。

 

でもこんな学びや気づきがあるから、人生はおもしろいと思う。

日々生きているだけでいろんなことに出会うし、いろんな感情と向合うし、いろんな考えが生まれる。

「人間」をやっている、生きている。

これがしたくてわたしはわたしとして生まれてきたんだなあと、しみじみ思います。

 

そんなわたしは「生きてることがしあわせ」の境地にいつもいつでもはいられない。

たまに思い出しては、また強烈な現実に目を奪われ忘れてしまう。

いろんな欲求があるし、欲求が満たされなければ不快になる。

欲しいものが手に入っても、また欲しいものがつぎつぎ出てくる。

 

それを認めよう。

それはわるいことでもなんでもない。あたりまえのことなんだ。

 

「しなきゃ」をやめて、気づいたこと。

 

 

 

 

「しなきゃ」も「すべき」も、けっきょくは「したい」だった。

「生きたい」から、わたしは生きてるんだなあ。

 


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