目覚めれば川のほとり

葉山でゆったりまったりライフ

【8/22 獅子座新月 皆既日食】ひとつの扉が閉まり新しい扉が開く

 

 朝、ぱっと時計を見たら8:22でした。

 

エンジェルナンバー【822】

あなたにはとても強く信じる心があります。それが魔法のように物事が実現する秘訣なのです。信じる心に集中していてください。そのおかげで宇宙のパワーに触れています。

エンジェルナンバー【822】~実践編~

楽観的でいればいるほど、あなたの経済状況はよくなるでしょう。

8と2の組み合わせ

2と8の組み合わせは、ひとつの新しい扉が開き始めているという兆候です。そして、もうひとつの扉は閉まろうとしています。これらの変化を経験する間、ポジティブで安定した思考があなたを次のステップに導きます。あなたの直観力を開くことが大切です。数字の8は力の波動を表し、数字の2はバランスと二元性のエネルギーをもたらします。

完全無料の夢占いポータルサイトなら無料夢占い.net

 

8/22の獅子座新月皆既日食

いろんなところでいわれているようですけど、旧い時代から新しい時代への切替となる、ひとつの大きな節目のようです。

わたしは占星学の専門的なことはよくわからないし、獅子座の新月皆既日食といわれてもいまいちぴんとこないので、これについて記事を書くつもりはありませんでした。

でも「8:22」を見て、これはなにかの意図かもしれないと思い、せっかくなので今日だという「獅子座の新月」とはなんなのか、どんな意味があるのか調べてみると、こんな記事を見つけました。

 

星座にはそれぞれテーマがあります。
12の星座に与えられたテーマはどれも、人が人間的に成長し、豊かな人生を送るために必要なもの。
そして獅子座のテーマは「自分自身を肯定し、自信を持って生きること」
また「自分の人生を、主役として思いっきり楽しむこと」。

私たちはどうしても、「何を持っているか、」「何をしてどう人や社会の役に立っているか」といった「条件」で自分や他人の価値を評価してしまいがち。
でも本来、人はその存在自体まるごとが祝福されるべきもの
だから、獅子座は「私は私として、与えられた人生を思いっきり楽しもう!」と考えます。
そうやって自分の生を祝福する、そしてもちろん他人の生も祝福する…。
それが獅子座の使命なのです。 

 

そうなんだー!

このところとくに考えていたテーマでした。

 

新月は「受取る」月だと聞きます。

今日午前3:30、獅子座で新月となり、ここから満ちていくとき。

満月から新月にかけての解放のときを経て、いままさに満たされていくときです。

また皆既日食は、月が太陽を隠してのち、また太陽が姿を見せます。

これはとても大きな変化のとき。ひとつの終わりと始まりを意味します。

 

もう、だれかの期待に応えたり、周囲の視線を気にしたりするのはやめて、

だれもが「わたし」を自由に生きていい。

「わたし」は、かけがえのないたったひとつの大切な個性。

その煌めきが世界全体を眩く照らし出す。

あなたもわたしも、それぞれに輝いている。

輝きは、これからますます増していくことでしょう。

 

新月は願いごとをするのに最適なタイミングだといいますが、皆既日食はさらにリベンジや一発逆転、サプライズ、ミラクルなどが起きやすい、とてもパワフルなタイミングのようです。

なにが起きてもおかしくない。そう、

どんなしあわせを味わってもいいんです。

 

 

 

でも、今日に限らずいつでも、このさきどのタイミングでも、わたしたちはしあわせでいられますけどね。

なにが起きてもおかしくないし、なにが起こってもいいんです。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ
にほんブログ村

【今日のいい言葉】震えるほどの優しさ

「震えるほどの優しさに触れた」

これ、だれがだれに向けて発した言葉か想像がつきますか?

 

中国の若い女性が、「日本」「日本人」に向けて発した言葉です。

 

BS1で放送された『私たちが日本を好きな理由』。

今日も夕飯を食べながらたまたま観た番組でしたけど、素敵な出逢いがありました。

 

反日を「煽られて」きた中国で、いま『知日』という日本を紹介する雑誌が注目されているそうです。創刊は2011年。

若い世代を中心にとても人気があり、刊行されるたびに書店のランキング(?)に上がるとか。

今日のいい言葉は、その『知日』の愛読者のみなさんが集まる交流会で、上記の彼女が語ってくれた話から。

 

「日本に旅行したとき、震えるほどの優しさに触れました。

 バスで道がわからないわたしのために、

 運転手さんは地図を書いて丁寧に説明してくれました。

 乗客は全員、文句もいわずずっと待ってくれたんです。

 この国(中国)はいつになったらこのレベルに辿り着くのか」

 

もう寝ないといけないので今日はここに上がらないつもりだったけど、これは残しておきたいなと思った。

もちろんわたしは、中国のひとの人間性が日本のひとと比べて低いだなんて思わない。

人間性を「国」で括るのは危ういと思う。どこに住もうが、どんな文化があろうが、ひとはひとりひとりちがうんだし。

これは中国に住むある個人が、ひとつの感動と煌めきを、わたしたちに発露してくれたんだと思っています。それが尊いと思う。

 

ほかにも、これも若い方でしたけど、中国のある男性が語ってくれて感動したこと。

彼は長年受けてきた教育で日本がだいきらいだったそうです。反日デモにも参加したいほどだった。

でも絵の勉強をしていて日本の広告における美的センスに感銘を受け、日本を訪れることに。

向かったのは東京。ここで、感動の場面に遭遇する。

上野のカフェテラスでゆっくりしていると、なんと小鳥が彼のテーブルにとまり、お皿のケーキを啄んだ。

その驚きの写真を見せてくれましたが、雀がお皿の端にとまってほんとうにケーキをくちばしに挟んでいる。

彼はいいます。

 

「こんなことはありえない。中国ではまず考えられません。

 日本の穏やかな国民性が、動物にも伝わっているようです」

 

 

 

一部では、中国人や朝鮮人がこれから激変する世界を予測し、日本の実り豊かな土地を買い占めてるなんて話も聞きます。それはそれで、ひとつの現実の側面だとわたしも思う。

もちろん、それとこれとはべつで。

中国の若者たちには、とても冷静に、そして人間的な愛情をもって、両国の関係を見据えているひとたちがいるということ。

日本にも、たくさんいるといい。

 

政治的な思惑や世界の権力者たちの考えることなんて正直どうでもいいですよ。

このさきなにがあっても、だれがなんといおうと、

 

未来は確実に明るい。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ

今日もたくさんのありがとう

昨日ツイてなかった話をしましたが、今日はツイていた話を。

 

数日太陽を隠していた厚い雲がさーっと引いて、じりじりと焼けつくような陽射しと青空が眩しかった今日の葉山。

姪と甥を迎えに昨晩から妹も来ており、母も加えてみんなで出かけました。

とはいえ、夏休み+土曜日。近場でリラックスがいちばん、ということでまたも南郷上ノ山公園、そしてお昼は葉山ステーションへ。

山のうえの公園で心地いい風に吹かれながらのんびり夏の空を眺める。ゆうべは妹と酒盛りで3時間くらいしか寝てないのに、身体は意外と重くない。緑に癒されたのも大きかったろうなあと思います。

公園と目と鼻のさきの葉山ステーション。さすがに賑わってましたが、運よく食事できるスペースで席を確保できました。

先日食べておいしかった『ブラウンスイーツ』の釜揚げしらすトロ丼を本日もオーダー。これ、ほんとうにおいしいんですよ。こどもたちもすごく喜んで食べてくれます。甥なんてふだんあまり食べないのに、このどんぶりはぺろりと平らげてしまう。今日初めて食べた妹も、おいしそうに顔をほころばせていました。

今日も口いっぱいにほおばりながら満足げなこどもたちに、妹に、そしてみんなといられるのがうれしそうな母の様子に、わたしもうれしくなる。これだけでほんとうにしあわせです。

 

お昼を食べたあと、いつものように野菜などを買おうといろいろ見て回ってると、母が特大のスイカを見つけました。

直径50センチはあろうかという、おっきなスイカ!

母はスイカがだいすきで、夏は毎日でも食べたいひとなのですが、今年スーパーで売られてるのはけっこう高いみたいで。でも今日葉山ステーションで売られていたのは、50センチもあるほどおおきなスイカなのに、なんと丸々いっこ930円!

たぶんこの辺りのふつうのスーパーで買おうと思ったら2000円くらいするんじゃないでしょうか。

丸々としたおいしそうなナスと、スイカ、あととってもかわいい切花を買って、いい買いものができたなあとみんな大満足でした。

 

夜、そのスイカを切ってみました。あんまり大きいのでなかはすかすかなんじゃないかと思いきや、真ん中までみっしり。瑞々しく、濃い綺麗な赤色で、見事に食べごろ。

ご近所に漁師さんがいて、しょっちゅう獲れたての魚介類をいただくので、母は4分の1をおすそ分けにもっていったのですが、手に袋を提げて帰ってきて。

「サザエもらったよ」

えーーーーーーーーーーーーー!

見れば立派なサザエがなんと10個も!

 

妹たちにも分けて、スイカやサザエなどのおみやげをもって、妹たちは帰っていきました。

こどもたちは見えなくなるまで、名残惜しそうにずーっとこっちを見て手を振ってくれる。変らないなあと思う。さみしいけど、またすぐ会えるからね。

 

体験しているそのときもそうだったけど、いまそのときを振返ってみても、やっぱり喜びが込上げてきます。

今日もいい一日だった。しあわせ。

 

もしかしたら、と思う。

昨日、ツイてないなあと思ったとき、ツイてないっていうきもちをそのまま残してたら、今日の幸福感はもっとぼんやりとあいまいなものだったのかも。

あのままがっかりしたまんまだったら、もしくは「もっと前向きに捉えなきゃ」なんて考えてむりやりがっかりをどこかに追いやろうとしていたら、

いまのしあわせは、またちがう色を見せていたのかもしれないなあ。

それもそれでしあわせでしょうね。

 

でも、気分はその瞬間瞬間で変るし、じぶんでも変えられますからね。

昨日と今日の記事を見ればわかるように、わたしってすごく単純で、こんなことでと思うようなちいさなことでがっかりできるし、舞上がるくらい喜べるんです。

些細なことで一喜一憂できる。「憂」になってもその時間はいまではほんと短くなって、「喜」の大きさと長さは格段に増えましたけど。

「喜」でいる瞬間はじぶんで増やすことができる。「すべては最善」が念頭にあると、自然とそうなるのかなと思います。

「すべては最善」「ありのままで完全」と思ってると、だいたいの時間、気分はゆったりしてるし、平和。

そうすると、

 

予報では雨で外出はできないかななんて思っていたらすっきり晴れてくれたり 

満車の駐車場でタイミングよく目のまえの車が出ていったり

混雑している食事スペースで席を探していたらちょうどひとつだけテーブルが空いたり

だいすきなスイカがおおきくて食べごろなのを安く手に入れることができたり

そのスイカの4分の1がサザエになったりするんです。

 

ここに挙げたことって、捉え方によってはたいしたことじゃないかもしれませんね。

でもわたしにとっては「ツイてる」ことで、とっても感謝なことで、やっぱり今日も空に向かって、ありがとう!って叫びたくなること。

忘れちゃいけない、じぶんの胸の奥深くにも。ありがとう。

 

 

 

今日はおいしいお刺身が食べたいなと思っていたら、新鮮そうなきれいな身のイサキが一匹分でとても安く売られていて、さらにタイムセールでそこから半額の400円くらいで買えたり、

暑くて寝苦しいと思っていたら、窓からふわっと風が入って火照った肌を優しく撫でてくれたり、

空のほとんどが雲に覆われた夜空の、わずかな隙間から見える星がうれしくて「ありがとう」って呟いたら、さぁっと雲が溶けて流れて、一気に星空が頭上に広がったり。

 

そんなことがいくつも起こる。

わたしには、どれも奇跡みたいに思える。

でも究極は、いまここにこうして生きてることが、奇跡みたいなこと。

 

だから今日も、たくさんたくさんありがとう。

みなさんにも心から、ありがとうございます。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 三浦郡葉山町情報へ

だれもあなたを罰したりしない

ツイてないなあと思うことがあると

なんだか罰されてるきもちになることってありませんか?

 

それまでなんの意識もしなかったのに、途端に

「あのときあのひとに向けたあの態度はよくなかったかも」

とか、

「もっと優しいいい方があったんじゃないか」

とか、

ひとに対するじぶんの接し方や在り方を急に反省しだしたりする。

だからこんなツイてないことが起こるんだなんて考えたりする。

 

わたしはね、あるんですけっこう。

むかしに比べたらだいぶ減りましたけどね。

 

たとえば今日、仕事帰りにスーパーに寄ったんです。

いま姪と甥が遊びに来ていて、今日は姪が母といっしょに迎えに来てくれたので買いものも姪がいっしょでした。(ちなみに甥は『はなかっぱ』が観たかったらしくお留守番。はなかっぱに負けました)

姪は8歳。3つ歳下の甥のおかげですっかりお姉ちゃんですが、まだまだやんちゃなこどもです。

そのスーパーでは、金曜日に1500円以上買いものをするとガチャガチャが回せるんです。当たった賞によってそれぞれ景品がもらえます。

店内に入りさっそくガチャガチャを発見した姪。「やりたい!」当然そうなります。

「1500円以上」というのを忘れていたので、そのガチャガチャのそばで待機していた店員さんに「いくら以上でできるんでしたっけ」と訊いたわたし。

「1500円以上です」といわれたので、「1500円以上ですね」とその場を離れたわたし。「1500円以上でガチャガチャ回せるって」と母と姪に伝えたわたし。

じつは今日はそんなに買うものなかったんですよ。必要な食材を買っても1500円に届かない。

でもガチャガチャやりたいじゃないですか。

週に一度だし。姪もやりたいっていってるし。(でもじぶんがやりたかったんだなまず

けっきょく足りなくなってたサランラップとかティッシュとかもろもろ足して、ついでにとあれこれ追加したら3000円くらいになりました。

意気揚々とレジでお金を払って、ふつうにカゴを渡されて、あれ。

いつもはガチャガチャやるためのコインをそこでもらうんだけど、もらえない。レジのひとに訊くと

「今日は終わりました」

 

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ガチャガチャができないと知りがっかりする姪。嘆息する母。

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ってなったわけです。

 

ついさっきやん。ついさっきやん訊いたん「いくら以上ですか」って。ゆってくれたらええやんそんときに。「もうすぐ引上げますよ」って。なんで?なんでそこまで気がまわらへんの。サービス業ナメてんのか。なんも考えんで突っ立ってるだけならだれでもできんねん。

ってなるやん?(なんで関西弁)

もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

って思ったわけです。

ツイてなーい!って思ったわけです。

 

で、冒頭に戻る。

 

これはわたしの行いのせいだってなる。(ガチャガチャで・・・?)

 

でもちょっと待て、と思う。

 

因果応報、とか、カルマ、っていうのはたしかにあります。

じぶんがやったことはすべてじぶんに返ってくる。

いいこともわるいことも・・・ってつづけたくなるけど、待って。

 

「いいこと」も「わるいこと」もないんですよね。

 

すべてはひとつで、じぶんと分離されていると勘違いしているほかのひとも、じぶんとひとつであり、彼も彼女も、あなたもわたしも、同じ。

だれかに対して放つ思念や言葉は、じぶんに対して放つのと同じ。

ただそれだけのことであって、いいとかわるいとかそういう問題じゃない。

 

だれも罰したりしてないんです。

だれかがだれかを罰することなどできないし、それはもちろん宇宙や神であってもそう。

そもそも「罰」なんて存在しない。すべてはひとつで、すべては愛そのものだからです。

 

なんだか教訓めいてきましたか。でもそんなえらそうなことをいうつもりはぜんぜんなくて。

 

ああ、今日も生きてるなあ。

 

と思えてすごくうれしかったんです。

そうそう、こういうのを実感しにいまここにいるんだよ、って。

 

そう思ったら、こどもたちとお風呂に入るのも、ごはんを食べるのも、「ガチャガチャを回せなくて姪といっしょにがっかりした」という経験でさえ、色鮮やかにこの身体に刻まれた気がして。

いまこれを打ってるパソコンのキーボードの感触ひとつひとつも鮮烈に指先に残る。読んでくださる方との、繋がりを感じる。ここまで目を通してもらえるのが、ほんとうにうれしいし、ありがたいなあと思う。

 

こういうのを感じたくて、

 

わたしはわたしとして

生まれてきたんだなあ

ここにいるんだなあと

 

あらためて、思いました。

 

 

 

因果応報とかカルマとか、ほかにも報いとか、償いとか。

そう考えるとなんだか重いけど、そういうのもぜんぶひっくるめて

じぶんが体感したいことなんだと思えば、

じぶん=宇宙全体が味わいたいことなんだと思えば、

どんなに苦い経験も尊く、すばらしいと、感じられるんじゃないかなあと。

 

そんなことを思った蒸暑い夜。

となりの部屋から、こどもたちの安らかな寝息が聴こえてくるのでした。

もうすぐ帰っちゃうんだよなあ。さみしい。いまのうちにいっぱいキスしとこう。

 

********

 

スターをくださったり、↓バナーを押してくださる方いらっしゃるみたいで、ほんとうにうれしいです。 

おきもち、いつもありがたくいただいています。ありがとうございます。ありがとうございます。


人気ブログランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ
にほんブログ村

すきじゃないひとを見つめてみると

会社で新人の育成業務にあたっています。

最近は毎月のように新しいひとが入ってきて、しかも十数人単位なので全員にイチから仕事を教えるのはたいへんですが、やりがいもあります。

この業務に就いてから仕事がとても充実していて、こんなに大事な仕事を任せてもらえることがありがたいと思いつつ、反省する日も増えました。

 

毎回、十数人のなかに、どうしても苛立ちを覚えるひとがひとりふたりいます。

すきじゃない、と思ってしまう。

みんながんばってるんですよ。慣れない環境というだけでも精神的に負担がかかるのに、うちは業務量が多いし覚えなきゃいけないことがやまほどある。

まいってしまわないようにできるだけリラックスする時間を設けたりもしてますが、それでもやっぱりたいへんです。しんどいなあとか、きついなあって、感じることも多いと思います。

そんな彼らをわたしは牽引し支える立場なのに、「すきじゃない」って、自覚が足りないですよね。

 

でもそこで「こんなことじゃだめだ」とただ自分を責めてもなんの解決にもならないので、考えてみました。今回は。ちなみに考えるのをやめてみた記事はこちら

なにを考えたかというと、「なぜわたしはそのひとのことがすきじゃないんだろう」ということ。じぶんに対する相手のふだんの様子を思い返しながら、深く深く、じぶんのきもちを探ってみたんです。

すきじゃないと思うのは、彼らのいったいどんなところなのか。なぜそれに、苛立ちが生まれるのか。

すると、ああ、と思った。

 

要領をえない質問。つねに緊張した様子。失敗をひとのせいにすることで自尊心を保ちたいひと。

 

ぜんぶわたしのなかにあった。

 

ぜんぶ、じぶんのすきじゃないところ。認めたくないところ。

それをすべてなくさなければ、ひとに受容れられないと思っているところ。

それがあることで、ひとに愛されないと思っているところ。

 

じぶんで「だから愛されない」と思い込んでるから、そんな部分があることを認めたくないから、目のあたりにするのがいやだったんです。

すべては自己否定から生まれていた。自己否定=世界、宇宙、神の否定。

なるほど。

こりゃ疲れる。

どうりで最近、意識を失うように寝ていたわけだ。

 

じぶんが見ている、感じている世界は、じぶんの心の反映なんですよね。

周囲を見れば、じぶんが世界を、ひいてはじぶんをどう認識しているかがわかる。

すきじゃないひとを見つめてみると、じぶんでじぶんの認めていないところがわかる。

 

そう気づければ、すきじゃないと思っていた彼らのことも、認識の仕方が変ってきます。

そうなんです。以来、彼らのことが愛しくてたまらなくなった。彼らもじぶんと同じように、ただ懸命に彼らを生きてるだけだった。

そんな風に感じながら接するようになったからか、彼らにも笑顔が増えた気がします。みんな順調に成長している。ほんとうにがんばっている。

がんばる姿にこちらも刺激を受け、多くのことを学ばせてもらってるなあと、日々感謝するばかりです。

彼らにはきつい態度をとったこともあったかも。ごめんね。

そしてありがとう、このことに気づかせてくれて。

 

 

 

愛されるのに、条件なんていらない。

だれもが、つねに、宇宙に愛されている。

 

すべては最善だし、ありのままで完全なんですよね。

わたしもあなたも愛されている。どんなときも、どんな姿でも。

 

だから安心して、わたしたちは「じぶん」を生きればいい。

 


人気ブログランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ
にほんブログ村

ひとりでがんばらなくていい

昨日の朝寝坊したんです。30分くらい。目覚ましが鳴らなかった。

目覚ましが鳴らないことはいままでにも何度かあったのですが、だいたい鳴るまえに目が覚めるから今回みたいなことはありませんでした。

急いで支度して家を出たものの、いつも乗る電車より2本遅れての乗車でした。

もともとけっこうぎりぎりなんですよ、いつも。なので2本遅いとなるとなかなか厳しい。

 

わたし遅刻したことないんですけど(電車の遅延とかは除いてね)、今回ばかりは「遅刻」かと。遅刻はいやだなあと。

ちなみにローカルな話題で恐縮ですが、電車は逗子から横須賀線に乗り、大船で乗換え、東海道線で藤沢へ、というルートです。電車に乗ってる時間だけなら15分くらいなのですが、大船での乗継があんまりうまくない。朝はここで10分くらい待つ。

電車に乗ってからヤフーの乗換検索をしてみるも、うーん。どう考えても間に合わない。

どう考えても間に合わないので

 

考えるのをやめてみました。

 

それまで「遅刻いやだなあ」「どのタイミングで電話かけよう」「寝坊したっていいづらいなあ」なんてことが数秒のあいだに頭を過っていたわけです。

ああしてこうしてこうすればなんとか間に合うか、いややっぱりむりか、とか。もーごちゃごちゃと。

でもふと気づいた。

 

こんなちっちゃな頭であーだこーだと考えても仕方ない。

こんなときこそあれだ

 

宇宙にお任せだ!

 

ameblo.jp

こちらのブログに出逢ったのはひと月くらいまえで、ファンとしてはかなり新参者のわたしですが。

スピや自己啓発の分野では超有名ですよね。わたしも出逢って以来、ゆきのさんの言葉に、宇宙に、ものすごいパワーをもらっています。

こちらで提唱されている「宇宙にお任せ」そして「ありのままで完全」がとてもしっくりきまして、それまで「すべてが最善」だとわたしも思っていましたが、そこにこのふたつが追加されました。

わたしが紹介するまでもありませんが、ストレートで温かい言葉の数々に力が湧きます。行かれたことのない方はぜひ覗いてみてください。

ゆきのさんを通して、宇宙からの光が力強く、優しく届きます。

 

さて話のつづきですが、そう「宇宙にお任せ」しよう!と思ったわけです。

頭でどうにかしようと考えなくていい。宇宙がちゃんとやってくれるから。

うん。よろしく!

と宇宙に声をかけて、どうしたかというと

 

寝ました。

 

いつものことですが。寝るといってもぐっすり眠ることはないですけどね。目を瞑ってリラックスするということ。

不安はなかったか?多少はあったと思うんですよ。でも以前の記事でも書きましたが、こういうときでも「だいじょうぶ、なんとかなる」って思える基盤はまえからあったんですよね。

で、大船駅が近くなりアナウンスが流れました。大船に到着します、なんとか線どこどこ行きは何番ホームから何分発~、っていうあれね。

すると聞こえてきた「東海道線熱海行きは23分発・・・」

 

ん?

 

ネットでさっき調べたときには30分発だったけど。

この電車が21分着だからああやっぱり9分待つか、ああこれじゃ間に合わん、と思ったけど。

23分発がある?うまくすれば乗れる?

 

間に合うじゃん?

 

思わずむくっと起きましたよ。

この時点で宇宙にありがとうですよ。23分発に乗れたら間に合う。乗継時間は2分。

2分てね、これが平日の朝のラッシュ時、わたしがいつも乗る車両に乗ってたら厳しいです。ホームが変るし、その車両は階段からもちょっと遠い。

でもこのとき乗った車両はいつもとちがって、大船に着いて降りると階段が目のまえ

時間がちょっとずれたのと祝日だったこともあり、ひともそこまで多くなく

東海道線のホームに降りたらちょうどそこへ電車が滑り込んできて

 

余裕で乗れたのでした。

もちろん、仕事に間に合いましたよ。

ちゃんと準備する時間もとれた。

 

東海道線に乗るとき、当初の想像よりも早く藤沢駅に無事着いたとき、デスクに着いて仕事を始めるとき。

そして仕事を終えて帰る道すがらもずっと、宇宙と自分の胸の奥に向けて、ありがとう、と唱えました。

ありがとう。いまこの瞬間も思う。ありがとう、ありがとう。

 

 

 

あらためて思ったんですけど、ひとりでがんばらなくていいんだってこと。

わたしたちには宇宙を始め、人生をサポートしてくれる存在がたくさんたくさんいるんだって。

そういえば昨日はやたら「333」を見て、アセンデッドマスターにもありがとうを伝えました。

 

ありがとう。

この世界に、天地のあらゆる存在に。

 


人気ブログランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ
にほんブログ村

【今日のいい言葉】山菜と待合せ

本日BSプレミアムで放送された『にっぽん百名山スペシャル』。

山の日ということで「山の恵みに感謝しよう」というテーマでした。

何組かゲストがいてそれぞれちがう山に登るのですが、そのうち湘南の風の若旦那が登った山形県の月山。

綺麗な緑に澄みきった空気が画面越しにも伝わってくるようなきもちのいい風景のなか、あれは山岳ガイドの方かな(ぼんやり観ていたもんで)、こんな話をしてくれたんです。

 

雪がはがれたあと山菜が顔を出す。見つけたときすぐには採らない。

5日後いい状態になってると思って、5日後ふたたび訪れると、やっぱりいい状態になっている。

 

「山菜と待ち合わせしてるような感じですね」

 

 

 

 山菜と待合せ・・・!

 

 

 

衝撃。胸を貫かれた。

なんて素敵な言葉なんだろう!と思わずメモ。

「山菜と待合せ」

いいなあ。すごくいい。

 

 

 

ふと尾崎翠第七官界彷徨が頭を過りました。

蘚(こけ)の恋愛について語られるあの言葉の連なり、噎せ返るような空気。

くらくらするほどの色気に、夏の暑い昼下がり、たまらないきもちになった。

 

あの日がよみがえったかのような今日の出逢いでした。あー、たまらん!

 


人気ブログランキング

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ
にほんブログ村